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名古屋のまちづくりや都市開発について考察します。

名古屋市の新しい路面公共交通システム「SRT構想」を考える

 名古屋市は、将来のリニア中央新幹線の開業を見据え、市中心部の回遊性向上を目的とした新しい路面公共交通の導入を目指しています。その名も、SRT(スマート・ロードウェイ・トランジット)

 平成31年(2019年)に策定された「新たな路面公共交通システムの実現をめざして(SRT構想)」により、正式に導入の方向性が示されました。

www.city.nagoya.jp

 SRTは従来からある路面公共交通システムとは異なるようで、現段階では具体的な姿はあまり見えません。SRT構想の中でも、SRTとは、LRTとBRTを組み合わせた新しい路面公共交通システムと表現されているのみです。

 いちおう、SRT構想の中でにはシステムの具体像が示されているので、これを簡単にまとめてみました。

SRTの具体像

1 車両

 SRTの車両は、広い車内空間を確保し、バリアフリーにも配慮したフラットな空間となるようです。このため、SRTに用いられる車両の特徴は、バスよりもLRTに近いものとなりそうです。タイヤベースによる交通システムであるため、外見は連節バスに似てくるものと予想されます。

 なお、フランス・メスには「BusTram」と呼ばれるタイヤベースの公共交通機関があり、これがLRTの車両にとても似ています。SRTの車両はこのような形に近くなりそうです。

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フランス・メスのBusTram(Wikipediaより引用)

 また、車両には運転手を補助する運転補助機能を搭載するほか、連節車両や隊列走行により大量輸送に対応するとされています。この他、環境負荷低減のため、走行時のCO2排出量が少ない燃料電池車を採用するそうです。

2 走行空間

 SRTの走行空間にはピクトグラムや走行レーンの着色を行い、街の中での存在感を高めるとされています。また、歩道車線側の専用レーン化や公共交通の走行を優先させる仕組みを検討し、渋滞等による運行の遅延を低減するともされています。

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走行空間のイメージ

3 乗降・待合空間

 SRTの乗降場所は、街の回遊拠点として機能するよう、デザイン性の高い上屋を設け、公共Wi-Fiの整備、情報提供端末の設置などを行うとされています。車両と乗降場所との間の段差が小さくなるよう配慮し、シームレスでバリアフリーな乗降環境を確保するともされています。

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乗降・待合空間のイメージ

4 路線

 SRTのルートは、名駅、栄、大須や名城地区を周遊する周回ルート、名駅・栄の2地区を直接結ぶ東西ルートの2路線が検討されています。

5 運行サービス

 SRTは、基幹路線として、早朝から夜間まで、概ね10分以内の間隔を基本とした高頻度で運行される予定です。車内での現金収受を減らすため、料金収受はICカード等のキャッシュレス決済や、乗降・待合空間への券売機設置、携帯端末による決済を活用するとされています。

 

 以上が、現時点で読み取れる大まかなSRTの具体像です。

 個人的な印象としては、すでにフランス・ルーアンで導入されているBRT(TEORにかなり似ているという印象を受けました。フランス・ルーアンのBRTシステムについては、下記のリンクで詳細に述べられています。

www.fujii.fr

www7b.biglobe.ne.jp

 フランス・ルーアンのBRTシステムでは、連節車両による大量輸送と高頻度運行、シームレスでバリアフリーな乗降環境の確保、走行レーンの専用化、自動運転技術による運転補助の仕組みも導入されるなど、名古屋市が提唱するSRTの姿にかなり近い運用が行われているようです。

 このように見ると、名古屋市が提唱するSRTとは、諸外国の都市で導入されているBRTの進化版と言ったところになるのではないでしょうか。

名古屋市における路面公共交通の必要性

 ところで、なぜ、名古屋市は新たな路面公共交通システムの導入について検討を始めたのでしょう。名古屋市の都心には、路面公共交通がなくとも地下鉄の路線が走り、これを使えば移動には困らないようにも思います。

 この点についても、先のSRT構想では、整備の必要性を次のように述べています。

 SRT構想は、名古屋市の都心は自動車交通を中心とした幅員の広い道路により、人の流れや賑わいの連続性が分断されていると指摘します。また、都心内の移動について、特に地下鉄による移動には課題があるとし、具体的には、東山線名古屋駅ー栄駅間で慢性的な混雑が生じていること、大須地区と名城地区への移動には乗り換えが必要であることを指摘しています。

 他にも、路線バスは不慣れな人にとっては乗り場や行き先がわかりにくいこと、地下鉄やバスによる移動は重い荷物を持った観光客や高齢者にとって負担が大きいことを挙げ、これらの課題を解消し、名古屋市の魅力向上とリニア中央新幹線の開業によって増加が見込まれる来訪者の利便性を高めることが必要であるとされています。

 確かに、名古屋駅から名古屋城、あるいは大須へ地下鉄で移動する場合、必ず1回、乗り換えが必要になります。

 また、観光客が多く利用する地下鉄東山線は、駅構内や車両が狭く常に混雑していますし、そのバイパス路線である地下鉄桜通線は、駅が地下深くにあるため、階段やエスカレーターによる移動距離が長くなっています。こうした点は、キャリーバッグや重い荷物を持った観光客にとっては不便であると言わざるを得ません。

 このような事情を踏まえると、都心を最小限の労力で移動できる路面公共交通システムには、一定の需要がありそうです。

 つまり、SRT構想とは、地下鉄や市バスよりも使いやすい、便利な公共交通機関を整備する構想なのです。

 実現に向けた課題は?

 SRT構想は、名古屋市内の魅力と利便性を向上させる仕掛けであり、当ブログも実現を楽しみにしています。2020年10月には、連節バスと燃料電池車を用いた走行実験をが行われ、すでに実現に向けた具体的な事業が進められています。

 一方で、SRT構想を参照した感想としては、正直なところ克服すべき課題が多いと感じざるを得ません。主なものは、次に指摘するとおりです。

1 交通事故の防止策

 名古屋市の都心は幅員の広い道路が東西南北に走り、交通量も多くなっています。とりわけ、何車線もある交差点での右折は、車体の大きなSRTには厳しい走行環境となるでしょう。

 SRT構想では、SRTの車両は道路の歩道車線側(左端)を走行するとされています。この場合、路上駐車された車両が障害となったり、右折のための車線変更時に他の車両と接触する可能性が拭えず、安全な走行空間をどう確保するかが課題となります。

2 料金収受の方法

 バスシステムにおいて大量輸送を指向する場合、料金収受の方法がネックになります。

 バスは一般的に、1つの扉から乗降し、その乗降口で料金収受を行うため、料金収受にトラブルがあるとその対処のために発車が遅れます。よくICカード接触不良や残高不足、両替対応のために路線バスの発車が遅れることがありますが、この問題は、大きな車両で多くの人を運ぶ場合により顕著となります。とりわけ、SRTは名古屋市内の移動に不慣れな観光客の利用を多く見込むことから、料金収受に係るトラブルが多くなると予想されます。

 また、SRTは、一度に多くの人の乗降を行うことができるよう、複数の扉から同時に乗降する方法が検討されているようですが、その場合、それぞれの扉で生じた料金収受のトラブルに速やかに対処できる仕組みが必要です。路線バスでは、料金収受に生じたトラブルには運転手が対応しますが、これは料金収受を運転席の隣で行うからできることです。

 つまり、SRTでは、遅延や発車できないというトラブルを未然に防ぐため、トラブルの少ない料金収受の仕組みとトラブルの際にも速やかに対応できる対策を整える必要があります。

SRTの課題を克服する方法

 以上に指摘した課題は、SRTの導入において克服すべき課題のごく一部であると思いますが、それらの中でも筆者が、特に「どうするんだろう」と感じたものです。

 SRTの具体的な導入方法は、今後、名古屋市が検討していくことになりますが、個人的にこのようにすればこの課題は解消できるのではないかと思う方法がありますので、これについてもお示しすることとします。

1 中央走行レーンの採用

 SRT構想では、乗降のしやすさなどから、SRTの走行空間を車道歩道側としていますが、この場合、路上駐車への対応や右折時の安全性の問題といった難しい課題を抱えることになります。思うに、こういった課題を抜本的に解決するためには、SRTは道路中央を走行させ、他の道路交通から切り離された走行空間を確保することが必要なのではないでしょうか。

 道路中央を走行する場合、他の道路交通から切り離された走行空間の確保が容易ですし、右折のために車線変更する必要もありません。すでに名古屋市では、基幹バス新出来町線において中央走行方式が採用されていますし、これをグレードアップする形でSRTに導入することは十分可能であると考えます。

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道路の中央を走行するBRT(パキスタン・カラチ)

2 都心における交通量の抑制

 中央走行レーンを採用した場合、必然的に道路の車線数は削減され、交通混雑が激しくなります。この影響を最小限にするためには、都心へ乗り入れる自動車をできる限り抑制する取組みが必要になるでしょう。

 この点については、少々大胆なものになりますが、都心にあるコインパーキング等には「駐車場税」を課すといった方法により、都心に流入する自動車を抑制する方策を検討する必要があると考えます。

3 改札を用いた料金収受 

 先にも述べたとおり、SRTでは1つの車両で大量の乗客を輸送することから、乗降は複数の扉による方法が検討されています。この点については、料金収受のトラブルを防止するため、車両で料金を収受するのではなく、乗降場所に改札を設け、あらかじめ料金収受を済ませることが適切であると考えます。

 例えば、乗降場所にICカードリーダーを設置し、乗車前にICカードで料金収受を行うようにすれば、あとは車両に乗り込むだけです。運賃を均一にすれば降車時にも料金支払いが生じないため、料金収受のトラブルにより発車が遅延することはありません。

 なお、SRTにおける料金収受は、ICカードによってのみ行うのがよいと考えます。

 券売機によって切符を販売する場合、券売機の現金管理や切符の補充、切符に対応した改札機の設置が必要になりますが、ICカードで料金を収受する方法なら、究極的にはICカードリーダーを設置するのみでよく、券売機の現金管理や切符の補充を行う必要がありません。これに関連し、ICカードへの残高チャージはSRTの乗車前に済ませていることを前提とし、乗降場所にはチャージ機などを設置しないものとします。

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改札を設置した乗降場所のイメージ(ブラジル・クリチバ

 運行ルート

 最後に、SRTの運行ルートについて考えてみようと思います。

 SRTの具体的な運行ルートは2020年10月時点で未定ですが、SRT構想では、名城地区・大須地区などを回遊する周回ルート、名古屋駅と栄を結ぶ東西ルートの2系統が検討されています。

 当ブログではそれぞれのルートについて、概ね次のようなルートになるのではないかと予想(というよりも期待)しています。 

1 周回ルート

 周回ルートは、名古屋駅を起点として、観光客が多く訪れる名城地区や大須地区付近を通過するルートとなる予定です。また、都心全体の回遊性を高めるため、地下鉄駅から離れた観光スポット付近にも乗降場所が設けられるとのことです。

 当ブログでは、名古屋市科学館のある白川公園、レトロな街並みが人気の円頓寺・四間道の周辺に乗降場所が設置されるのではないかと予想しています。

 また、安全な走行空間を確保するためには幅員の広い道路を走行することが望ましく、都心でも特に幅員の広い桜通や伏見通、若宮大通は、運行ルートの有力候補であると考えています。

2 東西ルート

 2020年10月、広小路通の名駅ー栄間において、連節バスと燃料電池バスを走行させる実証実験が行われました。このことから、東西ルートは広小路通を走行することがほぼ確定しているものと予想します。

 道路の幅員から考えると、広小路通の北を並走する錦通が最適であると思われますが、沿道の賑わいやSRTに期待されるシンボル性を考慮すると、運行ルートとしてふさわしいのは、都心のメインストリートとして定着している広小路通でしょう。

 なお、当ブログが提案する東西ルートは、運行区間の終点を千種駅とします。

 これは、栄地区以東の広小路通にもホテルやライブハウスなどが点在していることから、栄地区の賑わいをさらに東方向へ波及させることを目的として、東西ルートをさらに延長することにしたものです。

最後に

 2027年以降に予定されるリニア中央新幹線の開業に向け、名古屋市の都心では、今後も都市の魅力を高める様々な取組みが進められます。名駅や栄では民間企業による大規模な再開発事業が計画され、都心を移動する公共交通機関の需要は高まっていくことでしょう。

 新たな路面公共交通システムとして導入されるSRTは、そうした需要の高まりに応えながら、都心の交通利便性を飛躍的に高める効果が期待されます。

 路面公共交通は、近年、国内各地で注目されるようになり、富山県富山市や栃木県宇都宮市ではLRTを活用したまちづくりが進められている他、東京都も臨海部と都心を結ぶBRTを2022年以降に本格的に運行する予定です(2020年10月現在ではプレ運行中)。

 このような流れの中で、名古屋市LRTやBRTとは異なる先進的な路面公共交通システムの導入を掲げたことは、とても楽しみなことだと感じています。

 SRTの開業目標は2027年以降とまだまだ先ですが、これからの名古屋の変化をリードする存在として、今からその実現を心待ちにしています。